2009年7月14日 (火)

twitterをはじめた

以前からアカウントは取っていたのですが、当時はiPodTouchだったのでいつでも書ける感じでもなかったし(携帯用のサイトもしっくりくるものが見つけられなかった)あまり興味もなかったんですが、最近、@iphonefanとか読むの面白くて、iPhoneになって更新もしやすくなったので、ブログのサイドバーに貼ってみました。

iPhoneではiTwetterを使っています。@iphonefanで話題に出ていて、無料の時に買いました(今は有料になっちゃいましたけど)

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2009年6月27日 (土)

でちゃったiPhone3GS

iPhone3GSが出ましたね。

実はデベロッパ登録しているので、iPhoneアプリを作ったりしているのですが、3GSと3Gの処理速度差がかなりありますね。

パソコンと同じく、メインの処理のCPUと、画像処理系担当のGPUが乗っている訳ですが、CPUは体感できるぐらい早い。

3GSが出る前にOSが3.0になり、手持ちのiPhone3G(16G)とiPodTouch(2nd/32G)をアップデートしてみましたが、やっぱり何をするにも「表示がもたる」「待ち時間が長い」など「3GS買わせるための嫌がらせ?」っていう気がしてしょうがないです。

機能が大幅に増えていることに関連して、バグっぽい誤動作も見受けられるので、私的には、すぐマイナーアップデートが出るんじゃないかと思ってます。

で、iPhone3GとiPodTouchでOS3.0を比較しても、ちょっとだけCPUが早いiPodTouchの方がやっぱり快適です。同じiTuneでシンクして同じアプリをいれ、曲に関してはiPhoneが容量の関係で約6000曲に削っているのもiPodには10000曲以上入れても、プレーヤー関係はそんなに不快じゃないですね(iPhoneは6割しか曲数ないのに重い)
このあたりは、検索機能に関連してそうですね。

会社でも3GSを1台調達してますが、速度以外については、まだピンときてません。
コンパスとか動画とか、それらの機能を使うアプリを作るときに考えます。

ちなみに、音声コントロールは使い物にならないようですw(誤認識したまま勝手に電話番号に発信したり!)

あ、でも単純に32Gはほしいかもw でもひと段落するまで様子見です。

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また1ヶ月たっちゃった。W63CAのその後

また1ヶ月経ってしまいました。

さて、「カメラのピントがうまく合わない」ということで修理していたW63CAですが、「再現なし」で戻ってきてしましました。

で、auショップの方と相談したところ、検査内容は出荷時と同じものだったそうですが、メーカーと掛け合ってくれて、メーカーでさらに詳細なテストをしてもらえるとのことで、再度修理をお願いしました。

ちなみに、代替機は最初は同じカシオのW61CAだったのですが、別の機種を貸してもらえるとのことで、カメラ重視ということで、W61Sを貸してくれました。

確かに、W63CAよりきれいに撮れる気がしたりして(汗)
でも本体が(W63CAより)分厚いし、デザインも気に入っていたので、やっぱりW63CAの方がいいです。

そして戻ってきましたが、やっぱり不具合再現なし、ということでカメラ部分の基板交換で帰ってきました。

なんとなくショップの実機と写りが違うしていた気がしていた(だからショップでも修理扱いしてくれた)のですが、ショップの対応も不満はないですし、メーカーがそういっている以上、「もともとこういうものだ」と納得しました。なにか撮り方にコツがあるんでしょうね。

ちなみに、FeriCa関係はリセットされていましたが、内部データ(着メロ、着うた、待ちうけ、メール、ナカチェンなど)はすべて元通りでした。故障でデータが吸い出せない場合でなければ、復旧できるようですね。


つくづく思うんですけど、ショップの対応ってすごく重要ですよ。今回は違いますが、仮に端末に問題あっても、初期対応次第で印象かわりますから。

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2009年4月11日 (土)

自分の携帯史(2)

大学時代は時間も比較的自由に取れたので、いろいろ遊んでましたね。
DDIポケットやアステルショップの店員さんと仲良くなって、いろいろおしえてもらったり。
ショップが圏外で開通テストが店で行えないっていうグチとか(笑)

PHSは重大事件が発生。横断歩道をダッシュしたら、202Sが落下。気づいて振り向いた瞬間にイヤな音が。
そのときのレポートが、インプレスWatchザ・クラッシュに残ってました(汗)
これ、たしかリコーのDC-1というデジカメを借りて撮った覚えが。ちなみに30万画素(VGAぐらい)ですよ!

この頃、ドコモの料金プランで「ドニーチョ」ってのがありました。
当時は平日昼間が一番通話料が高く、土日や夜間が安かったんですが、その安い時間帯しか「使えない」かわりに「基本料が半額(PHSと同額)」というプランでした。
当時、PHSを持っていたので、このプランでSO101を契約。平日の大学と土日のお出かけで使い分けできてました。
このときのドコモの回線が、今のメイン回線です。契約期間も10年以上なので「ファミ割MAX」とか使わなくてもMAXですw

アステルもドコモのPHSを持ち込み契約したりしてみました。たまーにフリーズしたりしてましたが、なんかそんなばっかりですね(汗)
そんなこともあり、大学の卒論もラッキーなことに、PHSを使ったリモート監視システムになりました。もともと生体工学の研究室なのですが、プログラム書ける人を探してたそうなんでw

そーいや私はポケベル持ったことないんですよ。同世代では大学ぐらいから普及しはじめた感じ。でも私はいきなりケータイやPHS持っちゃったんで、持つ機会を失ってしまいました。

DDIポケットもあまり興味がなかったんですが、H”やらコンテンツ対応やら出始めたので持ってみました。最初の機種は壊れて(外傷ないのに電源が入らなくなって)しまったのですが、後の機種は、ドコモやアステルも同じく、イエ電子機として活躍しています。イマ風に言うと、VoIP端末です(といってもGW経由で電話機の代わりなだけですが)
後に、PDAやデータ通信用として活躍してくれましたが、現在(2009年4月)は回線がなくなってしまいました。

一番激動的なのは、現ソフトバンクモバイルでしょうか。
東名阪が「ツーカー」「デジタルホン」だったのに対し、北海道などそれ以外の地域は合体した「デジタルツーカー」としてスタートしました。その後、ツーカーが抜けてデジタルホンと一緒に「J-PHONE」になり、外資系「ボーダフォン」からそんだフォンこと「ソフトバンクモバイル」に。
ソフトバンクになってからは、特にホワイトプランやらiPhoneやらが話題に上りますが、確かに先進的なことをやっていますよね。

たとえばCA3はパイオニア製の前面液晶タッチパネル端末でした。カラーではないものの、当時スタートしたばかりの「SkyWalker」という384バイトのインターネットメールが定額で受信し放題というサービスと組み合わせて、社会人になったばかり(しかもネットワーク担当)の私はかなり使ってました。たまたま当時在籍していた会社が当時としては珍しい(だって高かったんだもん)128kbps専用線を引いていて、管理者の立場としてサーバも好きに設置できたこともあって、いろいろ遊んでました。
iモードが出るはるか前にそれをやっていたのは、やっぱりすごいですよね。今のSH-04なりiPhoneなりの基礎みたいなもんですから。

それに、J-SH04(なんとなく最近のFOMAっぽいですね)は、これが「写メール」第1号。画素は低かったものの、手軽に撮影でき、メールで送れる。今は普通の機能になりました。というより、キャリアを超えて「写メール」が写真添付メールの通称になったことがその証ですね。

(ちなみに、「写メール」はソフトバンクモバイルの商標ですが、「着メロ」もアステル(現YOZAN)の商標です。「ウォークマン」がソニーの商標なのに、オーディオプレーヤーの代名詞なのと同じですね。ちなみに「着うた」や「着うたフル」はソニーミュージックの商標なのでどのキャリアでも使えますが、「おサイフケータイ」と「デコメール」はドコモの商標で、おサイフケータイは普及のためドコモが各社に使用許可してます)

iモードがスタートしてからは、FOMAがメインになるぐらいまで、ほぼ世代ごとに購入してました。もうこの頃は趣味より仕事って感じになってきてますね。900以降は買う速度がかなり落ちましたが。

初めて買ったFOMAはP2102V。悪くはなかったんですが、FOMA自体のエリア整備がまだまだだったので、N505iで一旦movaに戻し、F900iTから再びFOMAになり、現在に至ります。

au端末もcdmaOneになってからは、継続して使ってます。C201H(初のEZweb端末、でもパケットじゃない)が最初。音がすごく良かったのを覚えてます。以降、パケット対応になって、一時はPC接続でも活躍してました。

ソフトバンクは個人では今は持っていません。ただ仕事で必要なので、815SHとiPhone(iPodTouchと入れ替え)を持ち歩いています。

そして、イーモバイル。入院時に購入したプリペイドと、iPodTouch用の回線(?)として購入したTOUCH DIAMONDことS21HT(iPhoneにしたので、ちょっと活躍が減ってるかも)。エリア内では利用状況が良いので、エリア拡充が望まれますね。

あとは来年来るらしいUQとか、楽しみですね。

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自分の携帯史(1)

なんだか忘れてしまいそうなので、自分の携帯連暦(?!)を覚えてるうちにメモっておこうと思いました。

下が、今までに個人で買った事のある端末。キャリアは契約が早かった順です。
機種変or買い増しした回線(だったはず)は、→でつないでいます。

系統図その1
北海道セルラー→au北海道→au(KDDI)
 HP-141→デジタルムーバNII(ドコモPDC端末持込契約)→解約
 C201H→C305S→C404S→A5302CA→A5404S→W21T→W41H→W52T→W63CA

NTTドコモ北海道→NTTドコモ
 デジタルムーバNII(ドコモPDC端末持込契約)→解約
 (メイン)SO101(DoCoMo by SONY)→N203→N206s→N501i→N502i→N502it→
  →SH821i(ドッチーモ)→N503i→N503iS→SO504i→P2102V→N505i→SO506ic
  →F900iT→F901iC→P902i→P903i→P903iX HIGH-SPEED→P905i→N906iL→SH-04A
 (他)F502i F503i らくらくホンシンプル(親用)

NTT北海道パーソナル→NTTドコモ→サービス終了
 101P→202S(事故死)
 203S→312S→341S→331S→611S(ドコモモニター、故障)→SH712m(ドコモモニター)
  →SH821i(ドッチーモ)→633S→P-in m@ster→P-in Free 2PWL(持ち込み)

アステル北海道→サービス終了
 312S(NTTP端末を持込契約)
 AJ-32

デジタルツーカー北海道→Jフォン北海道→ボーダフォン→ソフトバンクモバイル
 タイプND→タイプCA3→J-SH03→J-SH04→解約

DDIポケット→ウィルコム
 PHS-J70(故障)→RZ-J90→解約
 J-3002V→解約
 AH-N401C→AX-420N→解約
 W-ZERO3[es]・DD(W-SIM→USBアダプタ)→解約

イーモバイル
 D01NX(プリペイド)
 S21HT

初めて、携帯を買ったのは、大学4年のとき。
当時、北海道で開業していたのは、NTTドコモ北海道(現NTTドコモ北海道支社)と、北海道セルラー電話(現KDDI北海道支社)のみでした。

ドコモはその頃スタートしたばかりのデジタルムーバとアナログムーバがあり、セルラーはアナログ(TACS)のみでした。本当はデジタルムーバP2がほしかったんですけど、デジタルムーバは端末が7万ぐらいに対し、セルラーは4万ぐらいということ、エリアの広さも「アナログムーバ>セルラー>デジタルムーバ」ということだったので、迷った挙句、セルラーにしました。

機種は当時人気だった「HP-141」という京セラ端末。当時めずららしかったリチウムイオンバッテリーを採用し、当時としては軽く小さい(48mm×140mm×21mm、175g)ストレート端末。連続通話2時間、待受25時間でした(今の3G端末に比べるとはるかに短いですが、アナログはこんなもんだったのです。標準以外に大型L電池がオプションであったぐらいですから)電話帳というものもなく、短縮9件(名前が入りません)のみ。

当時はローカルのパソコン通信(って今の人わかんないんですよね。インターネットとの違いがw)が活動のメインだったので、アナログモデムをイヤホンマイク端子につなぐ方法で、4800bpsぐらいで通信してました。
えっと、Bフレッツが100Mbpsなのに比較して、4.8kbps=0.0048Mbpsになるんですかね(汗)。ってか文字が殆どだったからこれでも問題なかったんですけど。iモードも何も無い頃に外でノートパソコンでメールや掲示板に読み書きできるだけで画期的だったんです。通話料との戦いでしたがw

その後、パソコン通信で知り合った知人から、デジタルムーバNII(ハイパーではない)を譲り受け、ドコモへ持ち込み新規契約したのが最初でした。ちなみに標準のS電池以外にもう1つS電池と、L電池もついてました。充電器は電池だけでも充電できる仕様だったのです。今みたいにどこでも簡単に充電できる環境ではなかったのです。

ハイパーと無印の違いはデータ通信速度。デジタルムーバはアダプタ経由でPCにつなげられますが、無印は2400bpsまで、ハイパーは9600bpsまでです(2400の方式はすでにサービス終了しています)。

音質も、それまでのアナログや今のFOMAに比べて「声の違いがわかりにくい」と、あまり評判がよくありませんでした。その後、爆発的な普及により周波数がたりなくなったため、101シリーズからハーフレートという方式が採用され、さらに音質が辛くなります。502iから採用された「エンハンストフルレート」で改善されるまでは結構大変でした。でも、PCで音声圧縮なんて殆ど無い時代だったので、それはそれで面白くて、いろいろな音源を電話に通して変化を比較したりして遊んでましたw

そんな中、PHSがスタートしました。札幌はPHS実用化試験のテストエリアでもあったため、東京と一緒に他地域より3ヶ月早く開業しました。私の通っていた南の大学にはNTTパーソナル(後のNTTドコモ)のアンテナや、DDIポケット(現ウィルコム)のアンテナが付き、比較的使いやすい環境にありました。友達がDDIポケットを買ったので、対抗してNTTパーソナルの101Pを買ったのがはじめてのPHSです。当時は携帯とPHSで通話が出来ないなどの問題もありましたが、アナログケータイと同じ方法で安くモバイル通信もできました(当時は64kのPIAFSとかパケット通信とか無い時代でしたから)。

その頃からモバイルデータ通信に興味が出てきたため、北海道セルラーの担当の方と仲良くなり、人柱なことをいろいろやってました。そんな中、セルラーもデジタル方式を開始することになり(ドコモやソフトバンクと同じPDC方式。cdmaOneはそのもっと後です)、いろいろ聞いたら「デジタルムーバを持ち込み契約できる」と。で、実際やってもらいました。

当然発着信もできますし、ドコモのときには出なかったローミングメニューなんてのも出てきました。現在はドコモもauも1社でまとまってますが、当時、関東・東海エリアはIDO、それ以外は地域ごとのセルラーという別会社となっていて、地域間はローミング扱いだったんです。で、東京の親戚の家に行ったら、結局ローミング切り替えがうまく出来ず、使うことができませんでした。残念。

後にわかったことですが、その頃お世話になった方々に、後にケータイ関連でまたお世話になることになるのです....お仕事として。

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2009年1月30日 (金)

ひーーー

ファイル&雑用係のXPマシンのHDDをRAIDカード+ATA-HDD×4(RAID1×2)から、SATAの500GB×2(SATAはマザーオンボードのやつ。ミラーリングではなく定期的にバックアップする方向に変えた)。

ところが、バックアップや大量のファイルコピーをするとエラーでSATAドライブが落ちる(書き込みエラーとか、ドライブがはずされたとかのイベントログが残る)。どうも、日立のSATA-HDDとSATAインターフェイスの相性によって、高負荷状態になると一部のコマンドがタイムアウトになる場合があるらしい。

とりあえず、日立のHDDは設定変更ツールでパラメータが調整できるので、転送レートを下げてみる(3Gbps→1.5Gbps)ことにした。

日立のサイトからツールを落とし、つながってなかったフロッピードライブをつないで起動しようと言々を入れた瞬間.....

FDドライブの電源ケーブルの根元が閃光を発し、数秒後にものすごい白煙が!

あわてて電源をケーブルを引っこ抜き、窓を開けました。電源ユニットから出ている電源ケーブルのうちの1本で、途中にHDDやDVDドライブなどをつなぐ4Pコネクタが複数ついており、末端にFDD用の電源コネクタがついているケーブルで、末端のFDD用電源コネクタと4Pコネクタの間のリード線がショートにより電気ストーブ状態になった模様。

とりあえずその部分だけが発熱していたようだったので、切り取ってみました。そこから根元までは外観の損傷は見られず。

Nec_0029

外側の網目状のシールドは解け、一番ひどいケーブルは溶けて銅線がむき出しです。

その後、恐る恐る電源を入れてみると、何事もなかったように起動してくれました。電源やマザー、CPU、各HDDにも影響はなかったようです。ほっと一安心。

HDDツールは臨時にDVDドライブをつないでCDROMから起動、設定を変更し、今はとりあえず安定して動いているようです。

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2008年12月 4日 (木)

HUB買った

良く行くハードオフをぶらついていたら、ジャンクコーナーで、コレガの100M16ポートのスイッチハブ「FSW-16A」(本体のみ、説明書・電源コード他一切なし)が、525円で売られていたので、即ゲットしましたw

とりあえず通電はしました。いくつかのポートに他のHUBをつないで見たらリンクも正常にするみたい。いまどきギガではないけど、低トラフィックなものをつないでみるのが良さげですね。電源内蔵で、しかもファンレスなのがとっても良い!

しかし、ハードオフのジャンク値付け基準がよくわかりません。メルコの100Mの8ポート(こっちも電源内蔵タイプだけど、電源ケーブル付き)が1050円。ブロードバンドルーター系はマニュアルがみんなマニュアルとACアダプタが付いてるけど、箱の有無関係なく2010円ぐらい。

そーいえば、ギガで思い出したんですが、auのひかりoneの新サービス「ギガ得プラン」、1Gbpsの光ファイバを共有しているのはBフレッツハイパーファミリーと同じですが、フレッツが宅内(ONUのLAN端子)は100Mbpsなのに対し、ギガ得は1000Mbpsになっているのが特徴。なぜか関東と北海道からスタートですが、CMではやたらと「ギガ」と強調してます。

恐らく北海道限定のラジオCMだと思うのですが、

「なぁ、ザンギって北海道だけらしいぞ」「え?ザンギが?ザンギが?ギが?ギガ・・ギガ・・(エコー)」

ってのがずーっと頭から離れません。あ、ちなみにザンギとは北海道独特のから揚げです。多分北海道民の多くはザンギは全国区だと思ってます。逆に道外の人には、よく某格闘ゲームのキャラと勘違いされます。

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2008年11月22日 (土)

無事退院~

無事退院できました。

会計をカードで支払いました(DCMXのカードで支払いしたので、入院費がいずれドコモポイントに?)。

入院費→ドコモポイント→FOMAの買い増しとかバッテリー代とかオプション品の一部? おもしろいなぁw

検査を追加したりしたものの、社会保険の負担分と保険定期外(個室利用料)など合計で13万ぐらい。このうち、自分の入ってる生保(2つ)の入院保険で戻る金額は概算で7割ぐらい出ると思うので、実質は4万ぐらいが負担になりそうです。

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2008年11月21日 (金)

今度は胃の検査だ!

前日の大腸検査に続き、今度は胃の内視鏡検査。これが今回の入院では最後の検査です。

前日の夜9時以降、食事・飲み物が禁止。

翌日午前中に検査室に呼ばれ、まず白いドロっとした消泡剤を飲み、鼻から粘膜保護と麻酔の薬をスプレーする(鼻水ダラダラ状態)、最後に内臓の動きを抑える筋肉注射。ちなみに、麻酔がかかっていると物をうまく飲み込めないらしく、麻酔からさらに1時間ぐらいは飲み食い禁止(検査が10時ぐらい、食事できたのが11時過ぎだったので、都合14時間ぐらい水も飲めませんでした)

ベッドに横向きになり、鼻から内視鏡を入れます。まず鼻の奥を通すのがすごく辛かったです。もともと耳鼻関係が弱い(?!)人なのに、風邪ぎみで細くなっていたらしく、右の鼻の穴がNGで、左から入れなおしてなんとかOKでした。

そのまま鼻から喉を通り、胃に入っていきます。大腸の場合は、肛門しか感じないのですが、鼻や喉は感覚があるので、何度もオエってなるのを我慢しました。しかも、唾液を飲み込めないと軽くパニックになる人(歯科でも歯形を取るとき、たまーにパニックになります)なので、我慢するのがとても辛かった。ちなみにこれでも口から入れるタイプより楽らしいので、そっちはものすごく大変なんでしょうね。

鼻からのタイプの特徴は、検査中でも会話ができること。今回もモニターを見ながら軽い胃炎ぎみといわれたり、ちょっと血が出ていたのが見えたので聞いてみたのですが、正常の人でもそんなもんなんだそうで、ストレスとかそういう重いレベルのものではないそうです。「胃カメラって聞いてたからこうなったのかもね」とか「2日連続で検査?あ、それでかもねー」なんて和やかな雰囲気でいわれましたw

十二指腸への穴から全て見てもらいましたが、ポリープなどもなく、問題ないとのことでした。結構仕事なんかでトラブルがあると胃が辛いときもあったりするのでもっと荒れているのかと思ったら、そーでもないんですね。自分で驚いたのは胃の中ってツルツルしてるのかと思ったら、腸みたいにヒダヒダなんですね。しらなかった。自分の胃で勉強させてもらいましたw

これで全て終了。喉の麻酔がきれたのを確認(水がむせずに飲めたらOK)し、時間を遅らせて朝食と昼食、シャワーを浴びて、退院にむけ、いらない着替えや生活用品は親にもってってもらいました。

ちなみに、腸の検査の時は朝食がなかった。なんでも衛生の問題上、2時間以上の取りおきができないそうで(腸の検査は1時間半も押して12時半ぐらいに終わったので)、今回はぎりぎり間に合ったらしい(っていうか、朝なくなった分で低血糖おきたらどうするんだろう?それほど低くなかったけど。昼と夜の量は一緒っぽかったし)。

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2008年11月20日 (木)

大腸検査してみた。

糖尿とは直接関係ないが、入院できる機会がめったいにないので、オプションで大腸と胃の内視鏡検査をお願いした。

今日は、大腸検査。これがおもったいより大がかり。大腸を見るために中をきれいに(つまり、便をすべて排出)しなければならないのです。

準備は前日から。検査日前日は、朝食と昼食がお粥+味噌汁(お昼にはカロリー調整のためか、ビスコとソフトクッキーさつまいも味?、グミみたいなゼリー、ジュース2杯が付いた。お菓子はグリコの病院用のパッケージだった)、夜になるとスープ(ジャガイモのスープみたいだった、固形物は一切なし)1杯のみ。そして寝る前に下剤を飲んだ(水に混ぜて飲むタイプ)。下剤を自分から飲むのってなんか勇気がいるね。

そして検査当日。検査が午前中だったので、朝5時から2時間かけて2Lの水薬(レモンの香りがついているが、ちょっと苦味があって自分はつらかった)を飲む。飲んでいるうちにトイレ行きたくなって、全部出てきます。最後は水だけ状態。そして、水しか出なくなったのを(排泄物を)看護師さんに確認してもらいます。ひどい下痢だけど腹痛がない感じ?

最後、お尻のところに穴があいているパンツ(通常の男性用トランクスを逆にはいた感じ)をはいて検査室へ。腸の動きを抑える筋肉注射をし、肛門にゼリーを塗られて、最初ちょっと違和感あるけど、カメラをどんどん奥に入れられている感じがわかりません。ただ、空気を入れながら進むのでおなかがすごく張ります(ほんのちょっと痛い感じがしました。私は)

検査中はずっと自分もモニターで見てました。ちなみに内視鏡カメラってRGB時分割なのかしら。DLPプロジェクタみたいに、眼を動かすと虹が見えるから。

自分にはひだひだの管にしか見えませんでしたが、先生に説明を聞きながら盲腸付近(小腸とのつなぎ目)ぐらいのところまで行って、直腸から出るまで見せてもらいました。特にポリープやデキモノ類はないとのことでした。

あとは戻って着替えておしまい。空気が入っていたので、多少おならがでます。でも、昼食にはおなかの調子も戻っていました。トイレの様子からみてそこはさすがだなぁと思った。

入院中には、動脈硬化、眼底出血、狭心症、内臓脂肪(CTやエコー)なども検査してもらいましたが、右目眼底で以前に出血があった形跡がみられるものの、他は異常ないとのこと。ただし、極度の運動不足って言われました(汗)。また、皮下脂肪になりやすいタイプらしく、思ったより内臓脂肪は少なかったそうです。でも、皮下脂肪の方が運動で落としにくいそうで(涙)。あとは、血管の固さが20歳代前半だそうですw

最後は、明日の胃の内視鏡検査。昔からの太いカメラの「口からタイプ」と最新の細いカメラの「鼻からタイプ」を選べるのですが、すかさず鼻からタイプにしました。そちらは朝9時から食事・水を我慢すればよいだけで、朝食も食べられるそうです。そして明後日退院予定。
[訂正]夜9時から飲食禁止でした!

やっぱり大腸検査が一番キツかった。

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