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2009年4月11日 (土)

自分の携帯史(1)

なんだか忘れてしまいそうなので、自分の携帯連暦(?!)を覚えてるうちにメモっておこうと思いました。

下が、今までに個人で買った事のある端末。キャリアは契約が早かった順です。
機種変or買い増しした回線(だったはず)は、→でつないでいます。

系統図その1
北海道セルラー→au北海道→au(KDDI)
 HP-141→デジタルムーバNII(ドコモPDC端末持込契約)→解約
 C201H→C305S→C404S→A5302CA→A5404S→W21T→W41H→W52T→W63CA

NTTドコモ北海道→NTTドコモ
 デジタルムーバNII(ドコモPDC端末持込契約)→解約
 (メイン)SO101(DoCoMo by SONY)→N203→N206s→N501i→N502i→N502it→
  →SH821i(ドッチーモ)→N503i→N503iS→SO504i→P2102V→N505i→SO506ic
  →F900iT→F901iC→P902i→P903i→P903iX HIGH-SPEED→P905i→N906iL→SH-04A
 (他)F502i F503i らくらくホンシンプル(親用)

NTT北海道パーソナル→NTTドコモ→サービス終了
 101P→202S(事故死)
 203S→312S→341S→331S→611S(ドコモモニター、故障)→SH712m(ドコモモニター)
  →SH821i(ドッチーモ)→633S→P-in m@ster→P-in Free 2PWL(持ち込み)

アステル北海道→サービス終了
 312S(NTTP端末を持込契約)
 AJ-32

デジタルツーカー北海道→Jフォン北海道→ボーダフォン→ソフトバンクモバイル
 タイプND→タイプCA3→J-SH03→J-SH04→解約

DDIポケット→ウィルコム
 PHS-J70(故障)→RZ-J90→解約
 J-3002V→解約
 AH-N401C→AX-420N→解約
 W-ZERO3[es]・DD(W-SIM→USBアダプタ)→解約

イーモバイル
 D01NX(プリペイド)
 S21HT

初めて、携帯を買ったのは、大学4年のとき。
当時、北海道で開業していたのは、NTTドコモ北海道(現NTTドコモ北海道支社)と、北海道セルラー電話(現KDDI北海道支社)のみでした。

ドコモはその頃スタートしたばかりのデジタルムーバとアナログムーバがあり、セルラーはアナログ(TACS)のみでした。本当はデジタルムーバP2がほしかったんですけど、デジタルムーバは端末が7万ぐらいに対し、セルラーは4万ぐらいということ、エリアの広さも「アナログムーバ>セルラー>デジタルムーバ」ということだったので、迷った挙句、セルラーにしました。

機種は当時人気だった「HP-141」という京セラ端末。当時めずららしかったリチウムイオンバッテリーを採用し、当時としては軽く小さい(48mm×140mm×21mm、175g)ストレート端末。連続通話2時間、待受25時間でした(今の3G端末に比べるとはるかに短いですが、アナログはこんなもんだったのです。標準以外に大型L電池がオプションであったぐらいですから)電話帳というものもなく、短縮9件(名前が入りません)のみ。

当時はローカルのパソコン通信(って今の人わかんないんですよね。インターネットとの違いがw)が活動のメインだったので、アナログモデムをイヤホンマイク端子につなぐ方法で、4800bpsぐらいで通信してました。
えっと、Bフレッツが100Mbpsなのに比較して、4.8kbps=0.0048Mbpsになるんですかね(汗)。ってか文字が殆どだったからこれでも問題なかったんですけど。iモードも何も無い頃に外でノートパソコンでメールや掲示板に読み書きできるだけで画期的だったんです。通話料との戦いでしたがw

その後、パソコン通信で知り合った知人から、デジタルムーバNII(ハイパーではない)を譲り受け、ドコモへ持ち込み新規契約したのが最初でした。ちなみに標準のS電池以外にもう1つS電池と、L電池もついてました。充電器は電池だけでも充電できる仕様だったのです。今みたいにどこでも簡単に充電できる環境ではなかったのです。

ハイパーと無印の違いはデータ通信速度。デジタルムーバはアダプタ経由でPCにつなげられますが、無印は2400bpsまで、ハイパーは9600bpsまでです(2400の方式はすでにサービス終了しています)。

音質も、それまでのアナログや今のFOMAに比べて「声の違いがわかりにくい」と、あまり評判がよくありませんでした。その後、爆発的な普及により周波数がたりなくなったため、101シリーズからハーフレートという方式が採用され、さらに音質が辛くなります。502iから採用された「エンハンストフルレート」で改善されるまでは結構大変でした。でも、PCで音声圧縮なんて殆ど無い時代だったので、それはそれで面白くて、いろいろな音源を電話に通して変化を比較したりして遊んでましたw

そんな中、PHSがスタートしました。札幌はPHS実用化試験のテストエリアでもあったため、東京と一緒に他地域より3ヶ月早く開業しました。私の通っていた南の大学にはNTTパーソナル(後のNTTドコモ)のアンテナや、DDIポケット(現ウィルコム)のアンテナが付き、比較的使いやすい環境にありました。友達がDDIポケットを買ったので、対抗してNTTパーソナルの101Pを買ったのがはじめてのPHSです。当時は携帯とPHSで通話が出来ないなどの問題もありましたが、アナログケータイと同じ方法で安くモバイル通信もできました(当時は64kのPIAFSとかパケット通信とか無い時代でしたから)。

その頃からモバイルデータ通信に興味が出てきたため、北海道セルラーの担当の方と仲良くなり、人柱なことをいろいろやってました。そんな中、セルラーもデジタル方式を開始することになり(ドコモやソフトバンクと同じPDC方式。cdmaOneはそのもっと後です)、いろいろ聞いたら「デジタルムーバを持ち込み契約できる」と。で、実際やってもらいました。

当然発着信もできますし、ドコモのときには出なかったローミングメニューなんてのも出てきました。現在はドコモもauも1社でまとまってますが、当時、関東・東海エリアはIDO、それ以外は地域ごとのセルラーという別会社となっていて、地域間はローミング扱いだったんです。で、東京の親戚の家に行ったら、結局ローミング切り替えがうまく出来ず、使うことができませんでした。残念。

後にわかったことですが、その頃お世話になった方々に、後にケータイ関連でまたお世話になることになるのです....お仕事として。

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