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2009年4月11日 (土)

自分の携帯史(2)

大学時代は時間も比較的自由に取れたので、いろいろ遊んでましたね。
DDIポケットやアステルショップの店員さんと仲良くなって、いろいろおしえてもらったり。
ショップが圏外で開通テストが店で行えないっていうグチとか(笑)

PHSは重大事件が発生。横断歩道をダッシュしたら、202Sが落下。気づいて振り向いた瞬間にイヤな音が。
そのときのレポートが、インプレスWatchザ・クラッシュに残ってました(汗)
これ、たしかリコーのDC-1というデジカメを借りて撮った覚えが。ちなみに30万画素(VGAぐらい)ですよ!

この頃、ドコモの料金プランで「ドニーチョ」ってのがありました。
当時は平日昼間が一番通話料が高く、土日や夜間が安かったんですが、その安い時間帯しか「使えない」かわりに「基本料が半額(PHSと同額)」というプランでした。
当時、PHSを持っていたので、このプランでSO101を契約。平日の大学と土日のお出かけで使い分けできてました。
このときのドコモの回線が、今のメイン回線です。契約期間も10年以上なので「ファミ割MAX」とか使わなくてもMAXですw

アステルもドコモのPHSを持ち込み契約したりしてみました。たまーにフリーズしたりしてましたが、なんかそんなばっかりですね(汗)
そんなこともあり、大学の卒論もラッキーなことに、PHSを使ったリモート監視システムになりました。もともと生体工学の研究室なのですが、プログラム書ける人を探してたそうなんでw

そーいや私はポケベル持ったことないんですよ。同世代では大学ぐらいから普及しはじめた感じ。でも私はいきなりケータイやPHS持っちゃったんで、持つ機会を失ってしまいました。

DDIポケットもあまり興味がなかったんですが、H”やらコンテンツ対応やら出始めたので持ってみました。最初の機種は壊れて(外傷ないのに電源が入らなくなって)しまったのですが、後の機種は、ドコモやアステルも同じく、イエ電子機として活躍しています。イマ風に言うと、VoIP端末です(といってもGW経由で電話機の代わりなだけですが)
後に、PDAやデータ通信用として活躍してくれましたが、現在(2009年4月)は回線がなくなってしまいました。

一番激動的なのは、現ソフトバンクモバイルでしょうか。
東名阪が「ツーカー」「デジタルホン」だったのに対し、北海道などそれ以外の地域は合体した「デジタルツーカー」としてスタートしました。その後、ツーカーが抜けてデジタルホンと一緒に「J-PHONE」になり、外資系「ボーダフォン」からそんだフォンこと「ソフトバンクモバイル」に。
ソフトバンクになってからは、特にホワイトプランやらiPhoneやらが話題に上りますが、確かに先進的なことをやっていますよね。

たとえばCA3はパイオニア製の前面液晶タッチパネル端末でした。カラーではないものの、当時スタートしたばかりの「SkyWalker」という384バイトのインターネットメールが定額で受信し放題というサービスと組み合わせて、社会人になったばかり(しかもネットワーク担当)の私はかなり使ってました。たまたま当時在籍していた会社が当時としては珍しい(だって高かったんだもん)128kbps専用線を引いていて、管理者の立場としてサーバも好きに設置できたこともあって、いろいろ遊んでました。
iモードが出るはるか前にそれをやっていたのは、やっぱりすごいですよね。今のSH-04なりiPhoneなりの基礎みたいなもんですから。

それに、J-SH04(なんとなく最近のFOMAっぽいですね)は、これが「写メール」第1号。画素は低かったものの、手軽に撮影でき、メールで送れる。今は普通の機能になりました。というより、キャリアを超えて「写メール」が写真添付メールの通称になったことがその証ですね。

(ちなみに、「写メール」はソフトバンクモバイルの商標ですが、「着メロ」もアステル(現YOZAN)の商標です。「ウォークマン」がソニーの商標なのに、オーディオプレーヤーの代名詞なのと同じですね。ちなみに「着うた」や「着うたフル」はソニーミュージックの商標なのでどのキャリアでも使えますが、「おサイフケータイ」と「デコメール」はドコモの商標で、おサイフケータイは普及のためドコモが各社に使用許可してます)

iモードがスタートしてからは、FOMAがメインになるぐらいまで、ほぼ世代ごとに購入してました。もうこの頃は趣味より仕事って感じになってきてますね。900以降は買う速度がかなり落ちましたが。

初めて買ったFOMAはP2102V。悪くはなかったんですが、FOMA自体のエリア整備がまだまだだったので、N505iで一旦movaに戻し、F900iTから再びFOMAになり、現在に至ります。

au端末もcdmaOneになってからは、継続して使ってます。C201H(初のEZweb端末、でもパケットじゃない)が最初。音がすごく良かったのを覚えてます。以降、パケット対応になって、一時はPC接続でも活躍してました。

ソフトバンクは個人では今は持っていません。ただ仕事で必要なので、815SHとiPhone(iPodTouchと入れ替え)を持ち歩いています。

そして、イーモバイル。入院時に購入したプリペイドと、iPodTouch用の回線(?)として購入したTOUCH DIAMONDことS21HT(iPhoneにしたので、ちょっと活躍が減ってるかも)。エリア内では利用状況が良いので、エリア拡充が望まれますね。

あとは来年来るらしいUQとか、楽しみですね。

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自分の携帯史(1)

なんだか忘れてしまいそうなので、自分の携帯連暦(?!)を覚えてるうちにメモっておこうと思いました。

下が、今までに個人で買った事のある端末。キャリアは契約が早かった順です。
機種変or買い増しした回線(だったはず)は、→でつないでいます。

系統図その1
北海道セルラー→au北海道→au(KDDI)
 HP-141→デジタルムーバNII(ドコモPDC端末持込契約)→解約
 C201H→C305S→C404S→A5302CA→A5404S→W21T→W41H→W52T→W63CA

NTTドコモ北海道→NTTドコモ
 デジタルムーバNII(ドコモPDC端末持込契約)→解約
 (メイン)SO101(DoCoMo by SONY)→N203→N206s→N501i→N502i→N502it→
  →SH821i(ドッチーモ)→N503i→N503iS→SO504i→P2102V→N505i→SO506ic
  →F900iT→F901iC→P902i→P903i→P903iX HIGH-SPEED→P905i→N906iL→SH-04A
 (他)F502i F503i らくらくホンシンプル(親用)

NTT北海道パーソナル→NTTドコモ→サービス終了
 101P→202S(事故死)
 203S→312S→341S→331S→611S(ドコモモニター、故障)→SH712m(ドコモモニター)
  →SH821i(ドッチーモ)→633S→P-in m@ster→P-in Free 2PWL(持ち込み)

アステル北海道→サービス終了
 312S(NTTP端末を持込契約)
 AJ-32

デジタルツーカー北海道→Jフォン北海道→ボーダフォン→ソフトバンクモバイル
 タイプND→タイプCA3→J-SH03→J-SH04→解約

DDIポケット→ウィルコム
 PHS-J70(故障)→RZ-J90→解約
 J-3002V→解約
 AH-N401C→AX-420N→解約
 W-ZERO3[es]・DD(W-SIM→USBアダプタ)→解約

イーモバイル
 D01NX(プリペイド)
 S21HT

初めて、携帯を買ったのは、大学4年のとき。
当時、北海道で開業していたのは、NTTドコモ北海道(現NTTドコモ北海道支社)と、北海道セルラー電話(現KDDI北海道支社)のみでした。

ドコモはその頃スタートしたばかりのデジタルムーバとアナログムーバがあり、セルラーはアナログ(TACS)のみでした。本当はデジタルムーバP2がほしかったんですけど、デジタルムーバは端末が7万ぐらいに対し、セルラーは4万ぐらいということ、エリアの広さも「アナログムーバ>セルラー>デジタルムーバ」ということだったので、迷った挙句、セルラーにしました。

機種は当時人気だった「HP-141」という京セラ端末。当時めずららしかったリチウムイオンバッテリーを採用し、当時としては軽く小さい(48mm×140mm×21mm、175g)ストレート端末。連続通話2時間、待受25時間でした(今の3G端末に比べるとはるかに短いですが、アナログはこんなもんだったのです。標準以外に大型L電池がオプションであったぐらいですから)電話帳というものもなく、短縮9件(名前が入りません)のみ。

当時はローカルのパソコン通信(って今の人わかんないんですよね。インターネットとの違いがw)が活動のメインだったので、アナログモデムをイヤホンマイク端子につなぐ方法で、4800bpsぐらいで通信してました。
えっと、Bフレッツが100Mbpsなのに比較して、4.8kbps=0.0048Mbpsになるんですかね(汗)。ってか文字が殆どだったからこれでも問題なかったんですけど。iモードも何も無い頃に外でノートパソコンでメールや掲示板に読み書きできるだけで画期的だったんです。通話料との戦いでしたがw

その後、パソコン通信で知り合った知人から、デジタルムーバNII(ハイパーではない)を譲り受け、ドコモへ持ち込み新規契約したのが最初でした。ちなみに標準のS電池以外にもう1つS電池と、L電池もついてました。充電器は電池だけでも充電できる仕様だったのです。今みたいにどこでも簡単に充電できる環境ではなかったのです。

ハイパーと無印の違いはデータ通信速度。デジタルムーバはアダプタ経由でPCにつなげられますが、無印は2400bpsまで、ハイパーは9600bpsまでです(2400の方式はすでにサービス終了しています)。

音質も、それまでのアナログや今のFOMAに比べて「声の違いがわかりにくい」と、あまり評判がよくありませんでした。その後、爆発的な普及により周波数がたりなくなったため、101シリーズからハーフレートという方式が採用され、さらに音質が辛くなります。502iから採用された「エンハンストフルレート」で改善されるまでは結構大変でした。でも、PCで音声圧縮なんて殆ど無い時代だったので、それはそれで面白くて、いろいろな音源を電話に通して変化を比較したりして遊んでましたw

そんな中、PHSがスタートしました。札幌はPHS実用化試験のテストエリアでもあったため、東京と一緒に他地域より3ヶ月早く開業しました。私の通っていた南の大学にはNTTパーソナル(後のNTTドコモ)のアンテナや、DDIポケット(現ウィルコム)のアンテナが付き、比較的使いやすい環境にありました。友達がDDIポケットを買ったので、対抗してNTTパーソナルの101Pを買ったのがはじめてのPHSです。当時は携帯とPHSで通話が出来ないなどの問題もありましたが、アナログケータイと同じ方法で安くモバイル通信もできました(当時は64kのPIAFSとかパケット通信とか無い時代でしたから)。

その頃からモバイルデータ通信に興味が出てきたため、北海道セルラーの担当の方と仲良くなり、人柱なことをいろいろやってました。そんな中、セルラーもデジタル方式を開始することになり(ドコモやソフトバンクと同じPDC方式。cdmaOneはそのもっと後です)、いろいろ聞いたら「デジタルムーバを持ち込み契約できる」と。で、実際やってもらいました。

当然発着信もできますし、ドコモのときには出なかったローミングメニューなんてのも出てきました。現在はドコモもauも1社でまとまってますが、当時、関東・東海エリアはIDO、それ以外は地域ごとのセルラーという別会社となっていて、地域間はローミング扱いだったんです。で、東京の親戚の家に行ったら、結局ローミング切り替えがうまく出来ず、使うことができませんでした。残念。

後にわかったことですが、その頃お世話になった方々に、後にケータイ関連でまたお世話になることになるのです....お仕事として。

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